秋ちかし

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我が家の姉も色ずいてまいりました。
(茨木のり子)
スマートフォンでも投稿できるように、
wordpressのプラグインにツールを追加。
これで少しはこのブログの更新がましになるかと
ひそかに期待です。

JA茨木市の広報誌 「プリマベーラ」9月号の取材を受けました

茨木農協の機関紙プリマベーラ」の取材を受けました。
場所は茨木春日丘教会を指定したのですが、
インタビューを受けているうちに、
山荘の近くの銭原の朝市での写真を撮りたい、ということになり、
日を改めて写真取材となりました。

担当者の岡村様には大変お世話になりました。
山荘でのガーデニングのご指導をお願い申し上げました。

詩人・坂村真民と出会いました。

亀岡の山の上に引っ越して1年たちました。
脅されていた厳しい冬の寒さと雪の深さは、
思ったよりも緩やかなものでした。
昨年はじめておめにかかった庭続きの貯水槽の「モリアオガエル」の卵は、
今年も枝の間に数個発見することができました。

この一年ずーと気にしていた「まだま村」というカフェでコーヒーをと出かけました。
我が山荘から車で10分のところですから、山荘から一番近いカフェかもしれません。
グルメ雑誌にはこう紹介されています。
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大阪近郊のスローな店というと「まだま村」がおすすめ。
直径12メートル、高さ11メートルもあるヨシ葺きの屋根でできた竪穴式住居風カフェだ。
大黒柱や梁は約300~400年前のケヤキで、解体された古民家から集めたものらしい。

冬には薪ストーブがたかれ、囲炉裏に手をかざしながらお茶を飲む。
土間だから底冷えするのだが、こころが喜んでるのがわかる。
仕事では男勝りな嫁も、話し声がやさしくゆーったりとしてくるから不思議。
待たされても気にならない。店の方いわく縄文リズム縄文タイムだそうだ。
茨木市の奥、竹やぶの中にひっそりとある。
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その店にでかけてびっくり。
店の前には「念ずれば花ひらく」の石碑が、
店の中には「二度とない人生だから」の立派な大きな書が掲げられ・・・・
店内の小物の陳列台には写真集「坂村真民・書は心」がおかれ・・・

昼時の忙しい時間だったにも関わらずオーナーに
「この写真集を下さい」と話しかけたら、
オーナーも驚いたように
「ご興味がおありですか?」と聞き返されました。

「二度とない人生は。いまや合唱界ではベストセラーです。
鈴木憲夫さん作曲の曲集の初演をお手伝いしました。」

「そうですか。合唱のことははじめて知りました。
私は坂村真民先生を尊敬し、弟子入りしました。
この写真集は坂村真民先生がをこの店にご招待したら、
気に溢れるこの地で、書に没頭したいとおっしゃって、
6時間もこもって没頭されたのです。
その様子を私がカメラに収めてたのがこの写真集です。
先生の気迫に恐れをなして、とても正面に回ることもできず、
だから先生の後ろすがたしかシャッターを切れませんでした。」

そんな会話を交わして、
初演とのDVDと楽譜を持ってくることを約束して店をあとにしました。
写真集はいつも新譜の出版のたびに新刊書を送ってくださる
鈴木憲夫先生にプレゼントすることにしました。
坂村真民を私に近づけてくださった導きに感謝しながら、心のなかでは
この店ででいつかチェロによる「バッハの無伴奏ソナタ」を聴くコンサートを
仲間や友人と開きたいと思ったのでした。

まだま村HPはこちらです。
http://madamamura.com/about

エッセイ 談志から学んだ一期一会

ブログのリニューアル記念に、ではないのですが、最近の感動をしたためようと思いつきました。
立川談志の追悼番組を見てのことでした。生前は「乱暴な言葉の落語家」という私の印象が、
この追悼番組をみて見事に覆されました。

それを文にしたためるために資料を求めて検索をかけていたらすばらしい文章に出会いました。
しばらくそこからの引用をお読みください。
(http://ameblo.jp/gokigen-panda/entry-11113249800.html)

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談志の「芝浜」をナマで二度見たことがあるが、演じ終えた後は いつだって俺も
マダマダだな…」 という感じで、不満そうに高座を下りていた…。
4年前に演じた その「芝浜」は、2~3年前に放送されたNHKスペシャルで一
度だけ見たことがある…。

何が驚いたって…、
自分の落語にあんなにも満足している師匠の姿を見るのが初めてだったので…、
とにかくビックリした…。
「芝浜」の有名な下げ…、
「(よそう) また夢になるといけねぇ…」
※この時の談志は 「よそう」と「また…いけねぇ」の間に、妻の「どうした
の?」という台詞をはさんでいる…。

これを言い終えた後の師匠の顔と言ったら…!
客席に向かって人差し指を一本立てると、拍手喝采の中、
高座を下りることなく、ただ じっと…、 その拍手の中 座り続けていた…。
やがて腕を組むと、何度も何度も頷(ウナズ)いてみせた…。  依然として、拍
手はなりやまない…。
両手をゆっくり膝の上に置くと、それがまるで客を制する合図だったかのように、
客席の拍手はピタッと止んだ。

「また…、 違った…、 芝浜が…、 やれました…。良かったと思います。
こんなにできる芸人を…、 そう早く殺しちゃ…、 勿体ないよ…」

ここでまた、客席から大きな拍手が起きた…。
その拍手に 満足気に笑顔で応えると、会場の端から端までを ゆっくりと見て、ま
た何度も何度も頷いた…。
「ま、楽屋に入って…、 また反省というか…、 振り返ってみます…」
そう言うと、組んでいた腕をほどき 髪をひと撫ですると、

「くどいようですが、一期一会…。 いい夜をありがとうございました…」

言い終えて、また、ゆっくりと会場中を見渡し、にっこり微笑むと、
「さようなら…」 とでも言うように両手を大きく広げた…。
そして…、 これが談志最後の「芝浜」となった…。

最後に納得のいく「芝浜」が演じられて、良かったのだろうか…?
不満のまま終われば、その向上心が生きる力となって、また違う「芝浜」が見られ
たんじゃないだろうか…?
どっちが良かったのかは よく分からない…。

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いかがですか。毒舌で鳴らした談志の「一期一会…。 いい夜をありがとうございました…」
との言葉、驚きませんか。

古典落語もクラシック音楽も過去に発表された作品の再現。何十年、何百年の単位で
演じる人間と聞く人間が確かにいた。 でもお互いが「一期一会」と心に覚える演奏は決して
多くなかったはず。演奏者はプロの技術力を見せつけ、観客はそれに圧倒される・・・・。
そんな図式が氾濫する中で、いま一度たちかえらなければならないのは
「一期一会…。 いい夜をありがとうございました…」といえる演奏者の姿勢だろうし、
そして、そのように演奏者に言わしめる観客のまなざしだと思うのです。

僕自身の戒めとして、またこれからの指標として、談志のこの言葉を深く心に刻もうと思います。