小さな幸せ 白浜バプテスト基督教会表敬訪問

12月15日午前10時すぎの聖日礼拝でのことです。
藤藪牧師があとの式次第の順序を混乱するほどに感動の動揺を示し、
牧師夫人は自らの頬を濡らしながらも、むせび泣く参会者にティッシュをそっと渡し、
三段壁を彷徨い保護された共同生活者のみんなは頭を深く垂れて目頭を押さえる。
合唱団メンバーはあふれそうな涙を懸命にこらえながら歌い切ろうとする・・・・。
誰がこんな光景を想像できたでしょう。
私たちが「小さな幸せ」を歌いだしてわずか数小節の事でした。

「小さな幸せ」が全国の合唱愛好家に広まって販売累計が1000冊となり、
一冊につき100円の浄財が10万円となりました。
私はこれを銀行口座に振り込むのではなく、
白浜を訪れ、全国の合唱愛好家の善意を藤藪牧師に直接手渡したいと願いました。
心強いことに大阪コンソートの33名と
大学の先輩でありキリスト者の2名の合唱人も同行くださることになりました。

一方、教会は私たちをどう受け入れればいいのかと躊躇なさった事でしょう。
藤藪牧師とって「NHKスペッシャル無縁社会」放送後に
「あの曲の作品名と出版社を教えてほしい」というメールを差し上げて以来、
何の接点もない私からの一方的な「表敬訪問」なのですから。

しかし、「小さな幸せ」を歌いだしてわずか数小節の間に
礼拝堂の空気は一転しました。
まさにそこに聖霊が降り、
そこに集うもの全てが分け隔てなく大きな愛と祝福に包まれた思いでした。

加えてなんというお引き合わせでしょう。
私たちの演奏後、一人の男性が受洗を前に「証し」をたてられたのです。
今夏、三段壁からレスキューネットワークによって保護されたというお方が!
ただでさえ「証し」を述べるには平常な心ではないのに、
見ず知らずの30数名も加わっての礼拝です。
この男性にはこのプレッシャーは気の毒なことでした。
しかし過去から脱却し、み心にかなう新しい歩みを
胸を張って前を見すめて強く「証し」を述べられた男性。
我々はこの方の心の壮烈な戦いを
この「証し」から知ることとなりました。
そして多くの困難から立ち上がったこの男性に対して、
私たちは心から祝福あれ、と願いを共にしたのでした。

 この男性もこの看板に心動かされたのでしょう

電話機のそばには缶がひとつありました。

藤藪牧師が用意した10円玉が入っていました。

この朝、作曲家の谷本智子さんも駆けつけてくださいました。
礼拝中にささげた時にはおいでではなかったので
私たちは礼拝後3曲の賛美の歌を歌った後、
もう一度「小さな幸せ」を歌いました。
先ほどの気丈に「証し」を述べた共同生活者の頬に涙が流れ落ちる姿に、
もう私たちは涙をこらえることはできませんでした。

私は「オシカケ」ではなかったことを喜びます。
私たちのつたない歌が会堂に集う一人一人の胸に、
音楽の喜びと力をお伝えできたこと。
一方、コンソートのメンバーにとってこの教会で見聞きしたことは、
信仰や宗派を越えた「普遍的な愛と恵み」を感じることとなりました。

 藤藪牧師と谷本智子さんとともに

私は共同生活者の皆様にお声をかけることはできませんでした。
深く心に傷を負い、悩み苦しんでいる方々にどんな言葉をおかけすればよいのでしょうか。
そんな私になんと彼らが歩み寄って声をかけてくれたのです。
「今日はありがとうございました。」「素晴らしい音楽に感動しました」「楽しい解説でした」と。
情けないことです、励まされたのは私の方でした。

教会がご用意してくださったお食事と語らいの場を辞するときが来ました。
共同生活者のみなさんは、だれかれともなくすすんで
テーブルの上の後片付けを始めてくれました。
そのお姿を見た私は謝辞を述べようにも、もう言葉にはなりませんでした。
「どうぞ皆様、ここで人生をリセットしてくださいますように。」という言葉を発したものの、
私の嗚咽に聞き取れなかったことでしょう。

牧師夫人が私にこう言ってくださいました。
「私たちにとって今日2つの願いが叶えられました。
数年前に「小さな幸せ」に出会った時に、
この曲はイケル、と思いました。
しかし、全国に発信する手段が私達にはありません。
そんなときに富岡先生から編曲出版のお話が、まさに舞い込んだのです。
その方と今日お会いすることできました。
もう一つは、私たちの聖歌隊ではこの曲を思うように歌えません。
そこで上手な合唱団の演奏を聴きたかったのです。
その願いも叶えられました。」

牧師夫人の有難いお言葉を胸に刻み、藤藪牧師と硬い握手を交わして、
私たちは教会の前の坂道を降りていきました。
下りきったところには番組でうつしだされていた「お豆腐屋さん」がありました。
『無用といわれる「おから」を
社会から無縁となった俺がクッキーにしてよみがえらせてやるのです。』
と番組で語っていた川上さんは、今は教会を離れ、
社会復帰なさったとのことでした。

 教会玄関の窓枠にそっとこんな置物が・・・・

藤藪牧師に尋ねました。お金の次に今一番お困りはなんですか、と。
すると牧師は、「タオル・歯ブラシ・シャンプー・・・・
それに共同生活者が気力を戻し、会社面接に出かけるときのスーツです。」

今もなお年間100名もの保護を抱える教会。
このお言葉に厳しい現実を知りました。
私は私の周辺に「スーツ」提供者を広く求めていく
活動を始めようと思います。
年代を感じさせない細身のスーツが、
箪笥の片隅に眠っているようでしたら
是非クリーニングの上ご提供ください。
自ら命を絶とうと苦しんだ方がたが、
あなたのスーツを着て社会復帰の第一歩を踏み出してくれるのです。

あと一つ。
一年に一回、白浜バプテスト教会に集い、「小さな幸せ」を歌う会を
全国に呼びかけることを具現化しようと思います。
命の尊さや、人と人がつながる喜びを見つめなおし・・・・
藤藪牧師から元気をいただき、
藤藪牧師に我々の思いを託す会・・・・

そんなことを考えながら白浜を後にしました。

2011年2月、気分が優れないまま午前中のレッスンだけできり上げ、
帰宅して何気なくTVのスイッチを入れたら、
三段壁をパトロールする藤藪牧師のお姿が・・・。
番組終了後、教会で歌われた楽曲名を知りたいと藤藪牧師にメールをした勢いも、
牧師によって谷本智子さんとつなげてくださったことも・・・。
編曲もまるで何かに取りつかれたように、ささっと筆が進んだことも・・・。
初めての楽譜出版にこぎつけたことも・・・。
そして白浜バプテスト基督教会の礼拝堂で指揮する自分の姿も・・・。
これが「導き」っていうものなんですね。
そして1000冊お買い上げくださった善意がここに実りました。

大阪コンソートのメンバーによる訪問記はこちらです。
http://tiny-happines.seesaa.net/

カトリック衣笠教会 京都芸大作曲科中村研究室作品発表

敬愛する作曲家中村典子さんの研究と作品発表の会をお手伝いさせていただきました。
私に与えられたのは、先生の手による新オーケストレーションによるフォーレ・レクイエムと
先日のいずみホールで同志社女子大学頌啓会が発表した
中瀬古和先生の「我黎明を呼び覚さん」の指揮。
いずれもすぐれた京都芸大出身の若手演奏家に囲まれ、
難度の高い作品を、研ぎ澄まされたプロの才能と技量によって発表できたことを
何よりもうれしく思いました。

佐渡裕と・・・ 一万人の第九

今年の第九は”Every thing NEW”とのテーマ。
その一番の表れが大阪城ホールを従来の横長ではなく縦長にしたこと。
これによりソプラノとアルトが佐渡裕の背中後方にという事態となりました。

話をその数日前に行われた佐渡練習にタイムスリップします。
私は偶然練習場の楽屋廊下で佐渡裕とすれ違いました。
富「おめでとう」
佐「何が?」
富「トーンキュンストラーの音楽監督就任のこと」
佐「ウフフ」
これだけの会話。これで充分なんです。
かつては関西二期会で同じ副指揮者という立場で、苦労を共にした仲間。
彼との一番の思い出はお互いに蝶々さんの本番の時に
同じホール後方の「照明室」に入り込み舞台上の合唱団のために、
彼は下手側、私は上手側からペンライトの先に赤いテープを巻きつけて
指揮する仕事が与えられました。
2時間の本番とはいえ、私たちの仕事はトータルでも30分ほど。
いろんな話をしました。
そんな中、彼の一言が今日の彼に結びついているのです。
その内容は二人だけの秘密にしておきます。

その佐渡練習の時のことです。
私が簡単な発声練習を終えて、佐渡裕を舞台上に呼び込みました。
彼はマイクをとるや否や
「富岡さんとも長いおつきあいです」だって。
こんなこと彼の第九をお世話するようになって10年にもなろうとするのに
初めての事でした。

本番前のリハーサルの時に話を戻します。
最終稽古が始まりました。
私は会場を歩き回り、彼の指揮がどう見えるか、
オーケストラの音がどう聞こえるかチェックして回りました。
まさにオペラの現場での副指揮者の役割です。
彼の後ろに配されたソプラノは彼の指揮が見えません。
だって大きな体の内側や右側でビート刻まれたら、
左後方から見えるわけがありません。

彼がオーケストラを中断した時に私は舞台に走り寄りました。
「佐渡さん、ビートを肩の上で示して。みんな不安。」
彼はそのあとの練習も本番も見事に「私のアドヴァイス」を守ってくれました。
ここが彼のすごいことの一つです。

あと一つ。オーケストラの音が女声部には聞こえない問題。
これは演出の小栗さん(小栗旬のご尊父様)に申し上げたところ、
同じ意見とわかり意気投合。
本番の日のリハーサルでは見事にこれが解決。
“Every thing NEW”の演奏会は、
佐渡裕が肩の上で振ってくれたことと、
音響さんの見事な手直し、
この2点があっての成功となりました。

全ての演奏が終わり、舞台上に私達合唱指揮者も並びました。
袖に引っ込んで、ソリストのカーテンコールに続いて、
佐渡裕は彼のお気に入りという仲間由紀恵と手をつないでコール。
その間、私は小栗パパと勝利の握手。
小栗パパ「合唱指揮者のみなさんコールです。舞台上に出てください。」
佐渡が仲間由紀恵の次に手を高々とつないで出てきたのは、
私だったんです。